神武東遷について

神武さま ご東遷の道

立磐神社(たていわじんじゃ)
七ツバエ(ナナツバエ)
矢研(やとぎ)の滝
都農神社(つのじんじゃ)
狭野神社(さのじんじゃ)
皇宮神社(こうぐうじんじゃ)
宮崎神宮(みやざきじんぐう)

神武東遷物語

「天祖が降り立ち百七十九万二千四百七十有余が過ぎたが、いまだに王の徳の恵みを受けていない遠い地がある。国を治めるのにふさわしい東の美しい土地に行き都としたい」決断した神武さまは、兄の五瀬命たちと宮崎の美々津から船で東へ向かいました。

いよいよ大和に入ろうとしたとき、ナガスネビコの軍が襲いかかってきて、五瀬命は深い矢傷のために死んでしまいます。兄を失い、先の見えない戦いに苦しんで、神武さま一行はみな病み疲れて倒れてしまいました。

そのようすを憂えた高天原の神々がフツノミタマという剣を届けさせると、ようやく神武さまたちは元気を取り戻しました。その後もさまざまな闘いを勝ち抜いて、ようやくナガスネビコを滅ぼした神武さまは、橿原宮で初代天皇となりました。

宮崎神宮御神幸祭

宮崎神宮御神幸祭とは

神武さまを自分のお宮として信仰してきた町民が、お宮までの道のりが遠く、親しくお参りすることが出来ないため、「せめて一年に一度御神幸を願って一家をあげて心ゆくまで拝ませてください」という嘆願書を提出したのが始まりです。明治四十二年頃から今のような形式になったと言われています。

今日まで地元の人々の信仰と親しみに支えられ、受け継がれてきた神武さまを、これからも絶やすことなく後世へ残していきたいものです。

チェック

「御神幸行列」は御獅子を先頭に御鳳輦、稚児行列等が荘厳・華麗に、そして御神幸行列に続く「神賑行列」は、神武天皇東征時の古代船「おきよ丸」や花嫁姿の艶やかな「ミスシャンシャン馬」等が宮崎神宮から御旅所まで練り歩きます。毎年10月下旬に実施しております。皆様お揃いで是非「神武さま」へお越しください。

御神幸行列

御鳳輦(ごほうれん) 

御鳳輦は祭神である神武天皇の分身が乗られる輿で、粛々と渡御遊ばれるものです。御神幸祭りは、この御鳳輦を中心にした荘厳な祭りです。

御獅子

御獅子が舞うことで、御鳳輦が渡御遊ばされる道を祓い清めています。

稚児行列 

揃いの稚児の装束衣装を着てねり歩くことで、身も心も清々しく御祓いをうけ、神様のお恵みをいただきます。

流鏑馬(やぶさめ) 

流鏑馬は馬場で馬を駆けさせながら、三つの的を次々に射ります。心身の鍛錬より生まれる美しく見事な武技です。